はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 60 [ヒナ田舎へ行く]

「金持ちというのはわからん」

突如降って湧いた隣人ウォーターズを出迎えるため玄関前に立つスペンサーは、くだんの男が従者も連れず一人で現れたのを見てぼやくように言った。てっきり年寄りがやって来ると思ったが、想像以上に若かった。自分と同じくらいか、わずかに上か。容姿はそこそこといったところだろうか。この辺にはいないタイプで、どこか腹黒さを感じる。

「あんな洒落た馬車初めて見た」カイルが目を輝かせて言う。

「ヒナも」その隣で興奮しきりのヒナ。いまにも馬車の前に飛び出しそうだ。

「こんな田舎で女でも捕まえるつもりか?」スペンサーはふんっと鼻を鳴らした。

「捕まえないもん」ヒナがウォーターズをかばう。

理由は明確。今朝はヒナ好みのパンを頂いたし、アフタヌーンティー用に茶菓子も頂いた。

「はい。はい」適当にヒナをなだめると、たったいま地上に降り立った客人にそつなく挨拶をする。「ようこそ、ラドフォード館へ。管理人のスペンサー・ロスです」特に愛想良くはしなかった。

「僕は、カイル・ロスといいます」妙にめかし込んで隣に立つカイルは、緊張でガチガチ。

「ヒナはコヒナタカナデといいます」ヒナもガチガチだ。声はうわずっているし、名前を二回言った。しかし、きちんと名乗った。『カナデ様』と言っただけで猛反発していたヒナが。餌をもらって懐いたか?

「招待いただきありがとうございます。ウォーターズ……」妙な間があった。「コリン・ウォーターズといいます――」

「コリン?なんでっ!」

ヒナの突然の暴言にスペンサーは泡を食った。「ヒナッ。なんでとか言ってはいけません」

教師のような口調になってしまった。いったいどうして急に人の名前にけちをつけたりするんだ。この子は。

「だ、だって、ウォーターさんが……」ヒナはイジイジと言い、これ見よがしに下唇を突き出した。

「申し訳ございません――」とウォーターズに謝ろうとしたが、彼はかなり気分を害したようで、今にも決闘でも申し込みそうな形相でこちらを睨みつけていた。暴言を吐いたのはヒナなのだが……。

スペンサーは不満を胸に仕舞い込み、客を邸内へと案内した。土産があるというのでそれはカイルに任せた。

「今朝はパンをありがとうございました」丁寧に礼を言いながら、廊下を進む。たいした客ではないと思い、普段使っていない客間は開放しなかった。金持ちだからといって優遇するつもりはない。が、また土産を貰った。今度はなにを持参したのかは知らないが、施しをされているようで、正直あまりいい気がしない。

「いえ」と短い返事。まだ怒っているのか?

「ヒナいっぱい食べた」ウォーターズの脇をちょこちょこ進むヒナが、ぶすっとしたまま報告する。お礼を言うと息巻いていたが、急に舌がもつれたか?

「それはよかった」とウォーターズ。

安堵にも似た声の響き。やはりあのパンはヒナへの贈り物だったか。パン屋でうちに客が来たという噂でも聞いたのだろうか。いや、パン屋だけではない。雑貨屋は噂話の宝庫だし、肉屋のおかみは村を通過するよそ者すべてに目を光らせている。

「でも、お昼はカチカチのパンだった。おやつもカチカチで紅茶に浮かべてから食べた」ヒナはねえねえ聞いてとばかりに、ウォーターズの足元に纏わりついて、我が家の台所事情(文字通り)を暴露する。

どうにかヒナを黙らせる方法はないだろうかと思っているうちに、茶の支度の整う居間へと到着した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 61 [ヒナ田舎へ行く]

やけに偉そうなスペンサー・ロスめ。ヒナを呼び捨てにしたばかりか、叱りつけるとは。あとあとどうなるか、見ていることだ。

成り行きでコリン・ウォーターズと名乗ることとなったジャスティンは、前を歩くスペンサーの後頭部をこれでもかと睨みつけ、隣を歩くご機嫌斜めのヒナに目をやった。

よりにもよってコリンの名を口にしたのはうかつだった。たまたま頭に思い浮かんだうちのひとつに過ぎず、より適当だとあの瞬間馬鹿な脳味噌が判断したためだ。

他に思いついたのが、パーシヴァルやベネディクト。どれもウォーターズとの相性が悪い。

けれど、そんなことヒナには関係ない。ヒナとコリンは一時ライバル関係にあった。どんなことであれ、ヒナはコリンに負けたくはないのだ。ともかく、カナデ・ウォーターズと名乗るわけにはいかないのはわかってくれるだろう。

「では、明日はさくさくほろほろのクッキーを持参しよう」それとなく明日もやって来ることを匂わせながら、ジャスティンは居間へと案内された。

スペンサーが背後を睨む。

「ほんと?」ヒナが首をぐいと仰け反らせてジャスティンを見上げた。機嫌が少し直ったようだ。

「もちろん、管理人さんが許せばだけどね」そう言って、テーブルを囲む椅子のひとつに腰を下ろした。さっと部屋の隅々に目を走らせる。これから数日か数ヶ月か、ヒナが過ごす場所だ。快適に過ごせる場所かきちんと確認しておかなくては。

「ダッ――」

部屋の隅にダンがいた。しかもひどい顔だ。あれは何なんだ?泥の水たまりに顔を突っ込んだみたいな……。

「だ?」スペンサーが怪訝な表情でジャスティンを見る。

「ダ、ダイニングルームは隣ですか?美味しそうな匂いが漂っていますが」さすがにダンを知っていてはまずい。

「ええ、そうですが。匂いの元はすぐ下のキッチンです。客間に案内すればよかったのでしょうが、なにせ急だったもので」それとなくチクリ。

「いいにおいだね」ヒナがにこにこ顔で言う。おやつを前にするといつもこれだ。

ジャスティンは微笑み返し、それからダンに目をやった。

『いったいどうした?』目で問う。

『無事ここに潜り込めました』とダン。(推測)

ジャスティンは、よしと小さく頷いた。ダンがポットを手にこちらへやって来る。給仕をさせられているようだが、なかなか様になっている。顔以外は。

「ダンはね、こけたの」ヒナが報告する。

ダンは茶色い顔を赤くしながら、コーヒーを注いだ。ヒナにはぬるい紅茶。スペンサーと遅れてやって来たカイルには適温の紅茶。

「ずいぶん変わったこけかたをしたようだな」ジャスティンはヒナに便乗してダンに言葉をやった。

ダンは恐縮するふりをし、スペンサーは苦々しい顔でカップを手に取った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 62 [ヒナ田舎へ行く]

今日の予定はすべて変更させられた。

それがいったい誰のせいなのか問うまでもない。

この屋敷はいつからかヒナを中心に回り始めた。ほんの一日前までは考えられなかったことだ。平穏な日々は無期限にお預け、隣人の乱入に、居座る極楽鳥。

ところで、隣人はなぜうちへやって来たのだろうか?近所付き合いでもをしようというのだろうか、それとも――

まさか!?

これが伯爵の遣わした調査員ということはないだろうな?いやいや。それはないか。

それだけのために伯爵がダヴェンポート邸を購入するはずがない。噂ではかなりの額を支払ったとか。それでも念のため、さぐりをいれてみるか。もしもウォーターズがスパイだった場合、ダンがヒナの近侍だと知られるのはまずいからな。

「住み心地はいかがですか?」ヒナが熱心に話しかけているのを遮って、スペンサーは越してきたばかりの隣人に訊ねた。

「ええ、なかなかいいですよ」当たり障りのない返事。これではスパイかどうかはわからない。

「遊びに行ってもいい?」ヒナが会話に加わる。

「それはどうかな?」ウォーターズがこちらを見る。

スペンサーはやんわりと断るとき特有の顔つきで「ヒナ、ご迷惑だろう」とたしなめた。

「迷惑なんてとんでもない」とウォーターズ。鈍いのか、ただの社交辞令か。それともやはりスパイで、こちらを試しているのか。

「ヒナ、いい子だよ」ヒナが懇願する。

「勉強が終わったら考えよう。それで、こちらには長く滞在されるのですか?」スペンサーはヒナの懇願を退け、話題を変えた。

ヒナは不満たっぷり、砂糖つぼにスプーンを突き刺す。ザクザクとまるでスペンサーの腹でも刺すように。

「仕事も落ち着いたので、しばらくは田舎でのんびりと過ごそうかと考えています」そう言ってウォーターズはヒナにケーキを取り分けてやった。

ヒナはザクザクするのをやめて、ケーキの皿を膝に乗せてちまちまと食べ始めた。

「ウォーターズさんはどんなお仕事してるんですか?」カイルがチョコレートを口の中で転がしながら訊ねた。なかなかいい質問だ。

「社交クラブをひとつばかり経営しています」ウォーターズは真面目くさって言った。

カイルはきちんと答えてもらえたことに気をよくしたのか、満足げに胸を膨らませた。ついでに鼻の穴も膨らんでいる。

「社交クラブは紳士が集まるんですよね?」更に質問する。

「たいていはそうだが、紳士以外のお客様もいます」

「じゃあ僕も行ける?」カイルは身を乗り出し、食い入るようにして返事を待った。

「大人になったらぜひ」

「やったぁ!」カイルは座ったまま飛び上がった。

「じゃあ、ヒナも行く」ヒナがもじもじと言う。

「待ってるよ」ウォーターズは陽気に応じた。

すると突然、ヒナが泣き始めた。厳密に言えば、泣くのを堪えて顔をひどくくしゃくしゃにしている。唇をぷるぷると震わせ、目には涙があふれている。

まったく予期せぬ事態に、スペンサーもカイルも、そしてウォーターズも困惑した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 63 [ヒナ田舎へ行く]

ありゃりゃ。旦那様がヒナを泣かせた。

あんなふうに愛しさ全開で言葉を掛けられたら、僕だって泣いてしまうよ。

気配を消すようにして部屋の隅に控えるダンは、しょうがないなぁとばかりに首を振った。

ヒナはああ見えてかなり気を張っていた。僕を留まらせるために、いい子を演じたり、カイルを味方に取り込んだりと頑張ってくれた。ブルーノとスペンサーの手によって連れ去られる僕を窓越しに見送ったヒナだけれど、まあ、それはそれ。恨み言は言わずにおこう。荷台から転がり落ちた時は駆けつけてくれたわけだし。

「どうしたの、ヒナ?ウォーターズさんちはだめだけど、クラブには行ってもいいんだよ」カイルが慰めの言葉をかけるが、これでは逆効果。ヒナはウォーターズさんちに行きたいんだから。

「勉強がおわったらきっとお許しが出ると思うよ」

ああ、あの旦那様の優しい口調ったら。きっと二人きりの時はいつもあんな感じなんだろうな。できれば二人きりの時間を作ってあげたい。ロシターと作戦を練ってこようか。

絶妙なタイミングで、焼き立てのスコーンを手にロシターが居間に現れた。唾が口の中に溢れる。このスコーンの美味しさはヒナよりも先に体験済みだ。

「このスコーンは最高だな」

ダンはぎょっとした様子で声の主に目を向けた。ここにいるはずのないウェインが両手で銀のトレイを抱えていた。ロシターとは似ても似つかないのにどうして間違えたのか不思議だが、目の前にいるのは疑う余地なく同僚のウェインだ。

「ここでなにを?」ダンはこそこそと言い、ウェインからトレイを受け取った。

「そっちこそ、その顏なんだよ」

「顔のことはいいから、とにかく今すぐ部屋を出た方がいい。僕もすぐに行くから」

「はいはい」ウェインは案外聞き分け良く部屋を出て行ってくれた。

テーブルを囲む一団にウェインの存在は気付かれなかったようだ。ダンはほっと胸を撫で下ろした。ヒナはまだめそめそしているし、旦那様は困った様子でヒナを見守るのみ。もちろん膝に抱えてあやしてあげたいのだろうけど――ヒナは時々ひどく赤ん坊じみた状態になる――ここでそんなことできるはずもない。

ダンはジャムとバターとクロテッドクリームとスコーンの乗ったトレイをテーブルの中央に設えた。ヒナが即座に反応する。取って取ってと催促するように旦那様の方を向いた。

これでヒナの機嫌はひとまずオッケイ。スペンサーにしては珍しく――それほど知っているわけではないけど――おたおたしていたので、やれやれというところだろう。

ダンはなめらかな動作で壁際まで戻ると、炉棚の上の鏡でそれとなく顔をチェックし、静かに退出した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 64 [ヒナ田舎へ行く]

廊下へ出たダンはのんきに壁に寄り掛かるウェインを引っ掴んで、表から見えない場所へと引きずり込んだ。

「いったいここで何してるんだよ。ヒナがうっかり『あ、ウェインだ』とか言ったら終わりだったぞ」ダンは腰に手を当て、ウェインに詰め寄った。

「大丈夫。ヒナにはもう会ったから。ちゃんと知らない振りしてくれたよ」ウェインはぎょっとするようなことを口にした。

「ということは?」いったい何がどうなっている?

「カイルにも会ったんだ。そのあと、あの恐ろしいブルーノとかいうやつにもな。で、ロシターだけではアレだから僕も行くように言われたって嘘を吐いて、まんまと潜り込んだってわけ」ウェインが得意げに言う。

アレってなんだよ。ロシターだけで十分に決まってるじゃないか。まったく。ウェインはどこへ行ってもずうずうしいんだから。

「どうせ、置いて行かれて不貞腐れてたんだろう?」ロシターに役目を奪われて焦っていたに違いない。

「まさか!」ウェインは目をきょろきょろとさせた。嘘を吐くときの癖だ。「あのカイルって子はいい子だな。ウェインさんなんて言ってさ、ウォーターズさんは公爵と知り合いですかって――」

「なんだって?」もう旦那様の素性がばれたのか?

「旦那様がヒナのために、あのやったら美味い公爵のチョコレートを贈ったからなんだよ。もちろん、知り合いではないと答えたけどね」

ああ、チョコレートのことか。「旦那様の贈り物があからさますぎてヒヤヒヤしたよ。しかもまた何か持って来てただろう?」

ウェインは困ったお人だよとばかりに肩を竦めた。「実はさ、村のパン屋にシモンの甘いパンのレシピを渡してあるんだ。明日にはヒナもいつもの朝食にありつけるはず」

「でもうちは予算が限られているんだ。僕はここにいられることになったけど、そのせいで食事がもっと地味になりそう」スペンサーが言うには伯爵は手当の増額をしてくれなかったらしい。となるとヒナと僕の食い扶持ぶん余計なわけだ。

「心配いらないよ。旦那様が代金を前払いしてるし、材料の調達も済ませてるから。もちろん実際に動いたのは僕だけどね」

「でも毎日パンを恵んでもらうのはまずいだろう?」プライドの高いブルーノがそれを許すとは思えない。スペンサーも同じだろう。

「ヒナならうまくやるだろうよ。でさ、どんな具合なんだ?ヒナが無事でホッとしたけど、どのくらいここにいなきゃいけないわけ?」

「まだ何もわからない。ヒナにはいくつも課題が課せられているようだし、待遇もそれほど良いものは期待できないと思う」

「そうかな?見る限りすっかりヒナのペースって感じだったけど。まあ、あとはヒナがどれだけ自由に動き回れるかってことだな。旦那様はここに自由に出入りできるほど親交を深めたがってるけど、あのブルーノってやつが黙っちゃいないと思うな」

どうやらウェインは初対面のブルーノに対してあまりいい印象を抱かなかったようだ。僕もそうだった。融通の利かない――もちろん向こうは仕事だから仕方がないのだけれど――冷たい男だと思った。ヒナが自転車と共に倒れなければ、きっとあの門は通過できなかっただろう。

結局、すべてヒナの活躍あってこそなのだろうか?

僕はきちんと仕事出来ているのか?

ダンは自分に疑問をぶつけずにはいられなかった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 65 [ヒナ田舎へ行く]

「ねぇ、ウォーターさん。ど、どうして、コリンっていうんですか?」ヒナはおずおずと、それでいてきっぱりと訊ねた。

ジュスがコリンなのはやだ。

「ヒナ」スペンサーが咎める。

ジャスティン演じるウォーターズは苦笑を浮かべた。「気になる?」

ヒナはうんうんと頷いた。

「では、ヒナはどうしてカナデっていう名前なのかな?」とウォーターズ。もしくはジャスティン。口調からいえば、ウォーターズだ。

「えっと……どうしてかな?」ヒナは首をひねった。つり上がっていた眉がふにゃりと下がる。

「僕はおじいちゃんから名前を貰ったんだ」とカイル。へへっと人差し指で鼻の下を擦った。

「おじいちゃんと同じ名前なの?ヒナのおじいちゃんは――」ここでジャスティンがドキリとしたのは言うまでもない。「でんざぶろうって言うの」

「デンザブロ?すごい名前だね」カイルはスコーンを手に取って、真ん中で二つに分けた。バターをたっぷりと塗る。

「ネコが好きなんだよ」ヒナの顔がほわりとなる。

「あっ!ネコで思い出した。ヒナにうちのネコたちを紹介しようと思ってたんだ」

「ネコいるの?ねぇ、ジュ――」ス、一緒に見に行こう。とヒナは言おうとした。途中で気付いてよかった。「じゅっぴきくらいいる?」日本語で誤魔化す。

「なになに?ヒナ今何て言ったの?」カイルは異国の言葉に目を輝かせた。スコーンの熱で溶けたバターが膝にぽとり。

向かい側でスペンサーが顔を蒼くする。ヒナに借りた水色のズボンが水玉に。

「いっぱいいる?って言ったの」難を逃れたヒナはジャスティンに目配せをせずにはいられなかった。ジャスティンもホッとした表情で応じる。

「いっぱいは『ジュピキ』?ヒナの国では?なんかすごいなぁ~」カイルは感心しきり。村から一歩も出たことがないので都会も異国も憧れの地なのである。

「ねぇ、スペンサー。ネコ見に行ってもいい?」ここでもヒナはスペンサーの名を拍子をつけて呼び、猫撫で声で散歩に出ることの許しを願い出た。

「見に行ってもいいけど、いるとは限らないぞ。あいつらは始終うろついているからな」特別ダメだという理由もないので、スペンサーは渋々だがヒナの願いを聞き入れた。

「いまなら裏のベンチで日向ぼっこしてるかも」カイルがいそうな場所に当たりをつける。

「ウォーターさんも行く?」ヒナは懇願するようにジャスティンを見た。

「もちろん。お供させていただきますよ」とジャスティン。スペンサーはどうするのだろうかと視線を投げる。

「わたしは遠慮させていただきます」と、素っ気ないもの。

ヒナはうきうきと身体を揺すり――邪魔者は少ない方がいいので――急いでスコーンを頬張るカイルを待たず、席を立った。

ヒナは案外薄情者である。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 66 [ヒナ田舎へ行く]

庭に出るとカイルが先頭を切ってネコを探し始めた。その後ろにジャスティンと、ほとんど手をつなぐように指先を触れ合わせるヒナが続く。

お目当てのベンチにネコはいなかった。カイルは首をひねってしばし考える。ヒナはもどかしげに足踏みをし、ベンチの裏や表や上や下を覗き込んだ。

「温室かな?あそこにもベンチがあるから」カイルが次の場所に察しをつける。ヒナはきゃっきゃと飛び跳ね、とうとうジャスティンの手を引き歩き出した。

空を見上げるとうっすらと雲が広がっていた。

確かに、ネコは移動していそうだ。

ジャスティンはネコに夢中な子供たちを――特にヒナを――微笑ましげに見やった。時には引っ張られるのも悪くない。

温室にもネコはいなかった。がっかりする間もなく、一行は次へ進む。

「たぶん畑だ。あそこにもベンチあるから」カイルは次は絶対だと言い切った。

温室を出て、ハーブの群生する道を通り抜ける途中、生け垣の役目を果たしているローズマリーの陰からウェインが現れた。

それはもう予想外で、ジャスティンは思わず飛び退った。

「ウェイン、ここで何している?」ジャスティンは口パクで訊ねた。先をゆくヒナとカイルに気付かれませんようにと祈ったが、時すでに遅し。二人は振り返って、こちらを見ていた。ヒナが失言しませんようにとさらに祈る。

「あ、ウェインさんだ」と言ったのは意外にもカイルだった。

「ほんとだ。ウェインさんだ」とヒナ。少々芝居がかった物言い。「ロシタのお手伝い終わったの?」

「ええ、そうなんです。お手伝いは終わり。先に帰ろうと思ったら皆さんの姿が見えたので、追いかけてきました。せっかくですから僕もお供させていただいてもいいですか、旦那様」

「うん、行こう行こう!」とカイル。仲間が増えるのは大歓迎らしい。

「じゃあ、行きましょうか」ウェインはジャスティンの返事を待たずして、カイルと先を行き始めた。

これこそ、ジャスティンが待っていた瞬間だった。

ヒナととうとう二人きりだ。わずか数メートル先にカイルとウェインがいるとはいえ、すでに二人だけの特別な空気が漂い始めている。

ヒナがジャスティンに擦り寄った。気の利く従僕ウェインはカイルを連れて繁みの向こうへ消えた。ジャスティンはヒナの頭をそっと撫で、それから力強くそして優しく抱き寄せた。

「会いたかった」言葉をほとばしらせた。

「ヒナも」

「本当か?」ちょっぴり疑うジャスティン。三兄弟とえらく仲良しなのが気に入らなかった。

「へへっ」とヒナは言い、それから両手を広い背中にまわしてぎゅぅっとジャスティンを抱き絞った。

ジャスティンは呻くように笑い、頭を下げて、それからまた笑って、ヒナに口づけた。

ヒナのくすくす笑いはジャスティンに呑み込まれてしまった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 67 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナはコリンのことで機嫌を損ねてはいたが、ジャスティンとの再会のキスを無条件で受け入れた。つま先が宙に浮く。ヒナはジャスティンの腰に脚を巻きつけ、ご機嫌のネコのようにのどを鳴らした。

ふいにネコを思い出す。

ヒナはあえぐようにして唇を離すと、息継ぎを兼ねて言葉を絞り出した。

「ネコ、探さなきゃ」

「うん、そうだな」

また塞がれてしまった。ヒナは甘んじてそれを享受した。ジャスティンとのキスはシモンの甘いパンより好きなもの。突っぱねる理由は皆無だ。それでもヒナは今度もネコとコリン・ウォーターズを思いだした。うぅんと呻きながらキスを中断させると、ジャスティンは不満げにうなりながらもヒナの要求に応じた。

「ネコを探す前に話しておかなきゃいけないことがある」ジャスティンはそう言って、首筋に唇を這わせた。

「はなし?」ヒナは至福の吐息をもらした。耳を舐められては話はろくに聞けそうもない。

「あいつらはどうだ?意地悪されていないか?」

「されてない」ヒナは脚をおろした。地面にはまだ届かない。

「それはよかった。ダンはうまく潜り込んだようだな。これからはダンとロシターを連絡役に使う」ジャスティンは早口に言い、また口づける。

「ロシタ、スパイ?」ヒナはもごもごと言い――口を塞がれているので――足先をばたつかせた。

ジャスティンは名残惜しそうにヒナの下唇に吸い付いたまま「そんなところだ」と答えると、ヒナを土の上におろした。ちゅぽんっと音を立てて唇が離れる。

「ロシタはブルゥと仲が悪いんだって」唇を赤く腫らせたヒナが報告する。

ジャスティンはそうだろうなと心得顔。

「それでね、ブルゥはダンがお気に入りなの」

ジャスティンはそれはどうだろうかと眉を顰めた。

「でも、ダンはこわがってるの。ブルゥこわいから」

ジャスティンはふふっと笑った。ヒナが誰かを怖がる姿はあまり想像できない。しいて言うなら、ジェームズくらいなものだろう。

「もしそいつに何かされたら、すぐに報告するんだぞ」

「は~い」

「それから、ウェインがカイルの気を引けるのもそろそろ限界だ。だから、最後にもう一回――」

ヒナの返事はやはりジャスティンに呑み込まれてしまった。

そしてその頃、カイルとウェインは、ようやくネコのいるベンチに辿り着いていた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 68 [ヒナ田舎へ行く]

「ほら、やっぱりここにいた。僕の言ったとおりでしょ?」

畑のほとんど真ん中に置かれたベンチの上に三匹ほどネコがくつろいでいた。

なんだかほっこりする。ウェインは顔をほころばせた。

「ほんとですね。近づいても逃げたりしないのでしょうか?」

「あいつらは逃げないよ。小さいやつはすぐ逃げちゃうからもういないけど。あの端っこのふとっちょがボスなんだ。あ、あれ?ヒナたちがいない」カイルが後ろを振り返って、きょろきょろとする。

ヒナ同様、おしゃべりとネコに(捜索に限られる)夢中だったカイルはようやく二人がついて来ていないことに気づいたようだ。ふふっ。ちょっと間の抜けたところがかわいいじゃないか。

「ほんとだ!」ウェインはことさら驚いた様子を見せた。

「迷っちゃったのかな?ここってほら、ちょっと入り組んでるでしょ?スペンサーが畑泥棒に遭わないようにって迷路みたいにしちゃったんだよ」

畑泥棒?この、家族がやっと食べていけるくらいの、猫の額ほどの畑に?

「迷ってはいないと思うな。ヒナはほら、道草好きだからさ」ウェインはカイルが二人を探しに行くと言い出さないよう気を配った。もう少し、旦那様とヒナを二人きりにさせておいてあげたい。ふふっ。僕って出来る近侍だ。

「ウェインさんはヒナのこと知ってるの?道草が好きだって」カイルが不思議そうな顔でこちらを見上げた。

しまった!失言だ。

「いや、まさか!」ああ、声がうわずった。咄嗟の嘘ほど難しいものはない。「なんとなく道草が好きそうだと思っただけ。ほら、カイルも道草好きだろう?」最後は当てずっぽうだ。

「そうだよ。ウェインさんすごーい!」カイルは純粋なまでに目を輝かせ、仔犬のようにウェインにじゃれついた。

ははっ。子供って単純。

「やっぱり」ウェインはしたり顔でカイルの頭をぐしゃぐしゃとやった。

「わわっ!ウェインさん、せっかくダンが綺麗にしてくれたのにぃ~」カイルはきゃははと笑いながら、乱れた髪を両手で梳き直した。

「それでは、僕があとで綺麗にしてあげるよ」

「ほんと?じゃあ、ウォーターズさんみたいにしてくれる?」おねだりの仕方がまるでヒナのようだ。

「旦那様みたいに?よし!やってみよう」ウェインは疑問を感じつつも快く請け合った。

「やったね」とはしゃぐカイルの後ろに、旦那様とヒナがようやく姿を見せた。

ひとまずお役御免だ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 69 [ヒナ田舎へ行く]

「ヒナ、そのふとっちょとか言うやつを膝に乗せる必要があるのか?」ジャスティンは、枯れ葉色の肥満ネコを抱いてベンチに腰掛けるヒナの耳元で囁いた。

探し歩いたネコはジャスティンの想像とはまったく違っていた。ふてぶてしい顔つきで、太っていて、しっぽはウサギみたいで、なによりヒナを一目見て気に入った。ネコのくせに許し難い。

「ふとっちょはヒナが好きみたい。ごろごろ言ってるもん」カイルはふとっちょとは正反対の細くしなやかな体つきの黒ネコの隣で、ふとっちょの顎をこちょこちょとやった。

「鼻づまりみたいな音だな」ジャスティンは水を差した。

「機嫌が良いときの音ですよ」ヒナがネコのことを知らないジャスティンに教授する。しかもいまさら他人行儀な口調で。

ムッとしたジャスティンはぎゅうぎゅうのベンチにむりやり腰掛けた。黒ネコ、カイル、ヒナとふとっちょ、ジャスティンという並びだ。ネコごときにヒナを奪われてなるものか。

「ちいさい子もいましたよ~」しばらく消えていたウェインが子ネコを抱いて戻ってきた。「この子だけは逃げなかったんですよ」ご満悦の様子だ。ネコ好きとは知らなかった。

「煙突に潜り込んだみたいな色だな」何かとケチをつけるジャスティン。

灰色と白のまだら模様の子ネコはジャスティンを見て、シャーッと威嚇音を発した。

ヒナとカイルがわははと笑う。

「どうやらこの子は悪口を言われたのが分かったようですね」ウェインは指先で子ネコの頭を掻いた。

「ヒナ、ネコとしゃべれるよ」

とうとうヒナがおかしなことを言い出した。ジャスティンは早くネコとの集会が終わらないだろうかと、天を仰いだ。

「僕はわかんない」まじめに応じるカイル。

「僕はちょっとわかるかな。おなか空いたときなんかは鳴き方が変わるからね」とウェイン。

「ああ、それなら僕にも分かるよ。妙にすり寄って来てさ、ナゴナゴ言うんだ」

「それ、ごはんちょうだいだよ」大まじめなヒナ。

ジャスティンは頭を抱えた。ヒナはそのうち、ネコを飼いたいと言い出しそうだ。むしろこれまで言わなかったのが不思議だ。おじいちゃんとネコの話を聞いていたのに、その考えに思い至らなかったとは迂闊だった。早急に手を打っておく必要がありそうだ。

ネコ以外の話題を探して、ジャスティンは野菜畑を見回した。太さも長さも食べ頃のきゅうりの陰から、ウェインが抱いているのと同じような煤けたネコがこちらの様子を伺っていた。

いったい何匹いるんだ?

ふいに、ふくらはぎのあたりに強烈な打撃を受けた。

見ると鼻の横にほくろのある白いネコと目が合った。のそのそとベンチの下から出てきて先の黒いしっぽを振ると、ほんのわずかな隙間を見つけてそこに割り込んだ。半分ほどひとの膝に乗っているがお構いなしだ。

「わぁ。この子はなんて言うの?」ヒナがはちきれんばかりの笑顔で訊ねる。

「ポッチって呼んでる。鼻の横にぽっちがあるだろう?」

「ほんとだ。ポッチはジュスの膝が気に入ったんだね」

ヒナの失言にジャスティンとウェインは声にならない声をあげた。ウェインが目配せするがヒナは気付かない。カイルが聞き逃していればいいがと期待する。

「ヒナ、その人はジュスじゃないよ。ウォーターズさんでしょ」

甘かった。これまでか……。

「あ、そうだった。間違えちゃった」ヒナはぺろっと舌を出した。事の重大さに気付いていないのか?

「ジュスはウォーターズさんと似てるの?」

どうやらヒナは俺のことをカイルに話しているようだ。

「うぅん。似てない!」ヒナが猛烈に否定する。かえって怪しまれそうなほど。

「ジュスっていうのは誰なんだい?」ここでジャスティンは助け船を出すことにしたが、純粋にヒナが自分のことを何と言うのか訊いてみたかったのもある。

「えっと、ジュスは――」

ジュスは?

「ヒナの保護者なんだよね」とカイル。

そう、間違いない。

「そうです。ジュスはヒナの保護者です」

それだけじゃないだろう?ジャスティンは他の答えを乞うようにヒナを見おろした。ふとっちょが「ジロジロ見るなよ」という視線をぶつけてくる。生意気な!

「それから、とぉっても大切な人」ヒナはそう言って、照れ隠しか、ふとっちょに「ねぇ」と語りかけた。

ジャスティンはヒナとネコとの会話を無条件で許すこととした。機嫌は回復したという事だ。

つづく


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